故人や家族が生前に葬式の準備をして葬儀社や参列者の数・日程などを決めている遺族は別ですが、大抵の遺族はご臨終を告げられた時に、慌てて葬式の日程を決めると思います。その場合、身内の都合を優先するのでなく、僧侶の手配・火葬場の空き・式場の予約を先んじて行うこと!

ポイントは『僧侶・火葬場・葬祭場』を同じ日に押さえる事!

家族や親戚に都合を優先して葬式の日を決めた場合、その日に僧侶の都合が悪かったり葬祭場の空いてない、火葬場が休館日だったなんて事になれば再度日程調整をし直す必要が出てきます。

そうならない為にも、まずは『僧侶の手配・火葬場の空き・式場の予約』を優先して葬式の日程を決め、家族や親戚は葬式の日に都合を合わせてもらうようにして下さい!

お墓がお寺(菩提寺)のお世話になっているのであれば僧侶の都合を聞いた上で、お葬式を依頼する葬儀社へ、火葬場と式場の日程を決めるのが一般的な流れとなります。

ただ、お墓が公営墓地や民間墓地にある場合やお墓が無い場合は僧侶も葬儀社に依頼することが出来ます。その場合は葬儀後の法要(忌明け法要・一周忌法要)や納骨式のことも考えて、必ずお寺を持っている僧侶に葬儀を依頼をするようにして下さい!

お布施が安いからといってお寺を持っていない僧侶に葬儀を依頼した結果、忌明け法要や納骨式の時に、家族や親族と揉めて葬儀をやり直したというケースが増えています。

通夜と葬儀の2日間に別れるお葬式ですが、その理由とは・・・

ご臨終を受け病院から葬祭場もしくは自宅へ搬送され遺体を安置すると、次に行うのが通夜の準備です。そもそも通夜とは葬儀の前の晩に、遺族や生前親しかった人が、最後の夜を故人と共に過ごすことで、以前は一昼夜ロウソクの火や線香を絶やさないで過ごす事が多かったようです。

密蔵院住職の名取芳彦さんによると、通夜を行う理由には縁起と人情の2つの意義があるといいます。

縁起とは、縁ある人達が集まり、笑ったり泣いたりと思い出話に花を咲かせ故人を偲ぶことで、普段忙しくてなかなか集まらない家族や親族との絆を再確認したり縁を紡ぐ場であること。

故人という共通の繋がりがあるからこそ打ち解けあえる

人情とは、最後の夜に、縁ある人達が故人の傍にいてあげたいとう想いが通夜には込められている。まだ骨になっていない、目を閉じた顔に生きている頃の面影を重ねることができ、「お疲れ様でした」、「ありがとう」と声をかけながら顔に触れ、髪を整えてあげれる。

安らかな寝顔のあの人へ「お疲れ様」と声をかけれる私でありたい

体は冷え冷えとしているものの、まだ傍にいる大切な人が『生前のままでいられる人生最後の夜』または『火葬が済めば骨になってしまう人の最後の夜』を、一人で過ごさせたくないとの想いは、故人の生命と自分の生命のつながりを再確認する大切な機会なのです。

このように、名取芳彦さんの考える通夜とは、故人が残してくれた縁に感謝し思い出話を交わしながら絆を深め、最後の夜に故人が寂しい思いをしないように寄り添って一昼夜をともに過ごしながら死を受け入れる儀式と話し、昨今あまり行われなくなった通夜の大切さを説いています。

では、葬儀は何のためにするのでしょうか?この質問の答えはいろんな回答があると思いますが、ひとつだけ挙げるとすれば「人はたくさんの縁の中で生きている」ということです。

縁もゆかりもない人のところへは線香を挙げにも来ません

例えば「自分は誰にも頼らずに生きている」という方でも、服も買えば食事もする。ですが、その人が着ている服や食べ物、どれをとっても自分以外の誰の手によって、加工されたり作られたりしているはずです。社会という枠組みで生活している以上、常に誰かの世話になって生きているんですね!

このように考えると、葬儀とは、亡くなる本人からすれば、生前にお世話になった人へ「ありがとう」と感謝を述べる場であるし、遺族や会葬客からすると故人へ対して「お疲れ様」や「ありがとう」と感謝やねぎらいの気持ちを伝える場ではないでしょうか?

生前、故人と繋がった縁に感謝やお礼を述べる場が、葬儀または告別式という儀式だと考えると、葬儀は要らないなんていえませんよね!

終わり良ければ全て良しとは言い切れませんが、故人や遺族・会葬客ともども生前お世話になった方へ感謝の気持ちを伝えることが出来るという側面を考えると、葬式をおこない人生の区切りを付けることは大切なことだと思います。