遺体を北枕にするのはお釈迦様の亡骸が北を向いていたから




「私が死んでも、あなたのそばにいるのと何も変らない。」これは、お釈迦様がその場にいた弟子たちへ行なった最後の説法の言葉です。

80歳を過ぎてからは沙羅の林の中で、北を枕にして西にいる弟子たちへ説法聞かせ、泣いたり笑ったりと、葬式でお経を読んでいる時の僧侶の表情からは想像できないほどをユーモアに満ちた説法だったといいます。

最後の説法をすませたお釈迦様は、頭を北に向けたまま静かに息を引き取ったので、弟子たちは教徒が亡くなるとお釈迦様と同じ方角へ寝かせてから、弔う習慣が出来たと云われている。

北枕は縁起が悪いといわれるのは間違い?

地方にもよりますが、眠る時に北枕にして寝ると幽霊を見るよとか、死が近づいてくるなどといわれ縁起が悪いといいますが、これば亡くなった人が北を向いて寝ていることが由来しています。

しかし、先ほど述べたように北枕にする習慣は、お釈迦様が亡くなった時、北に頭を向いて寝ていたから出来た習慣と考えると、北に頭を向けて眠るのはお釈迦様の傍で添い寝しているのと同で縁起の良いことではないでしょうか?

もしかすると、お釈迦様の傍にいた弟子の何人かがお釈迦様を独り占めしたい為に北に頭を向けて眠るのは亡くなった人だけと決めたのかもしれませんね!

以前の葬式は、お釈迦様の考えを説く儀式を行ういっぽうで、死については曖昧な知識のみを伝えた結果、「死は恐ろしいもの」とか「故人は見えないが傍にいる」といった考え方が一般的になり、お葬式では死者を敬うがそれ以外では、死者は残念ながら忌み嫌われる存在となってしまったようです。

もし寺院の僧侶が『北枕の由来』を葬式やお寺に来るお客さんへ、その度、話をされていたのならば北枕は縁起が悪いと云われなくても済んだのかもしれません!

ただ、残念なことに最近は、僧侶に読経を依頼する習慣も省かれつつあり、亡くなるとすぐに火葬場へ向かう直葬が支持されているといいます。

ですが、目の前に居るのは遺体でも数時間前までは生きていた人なのです。もっといえば、いろいろとお世話になった人間なのですよ!

『縁』という繋がりを大切にするのであれば、小さくても良いのでお葬式をあげ、故人と関わりのある人へお礼や感謝を述べることが礼儀ですし、そうすることであとから(葬式をおこなわなかった事を)後悔せずにすむと思います。

    
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小さなお葬式

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